The Rose of happiness

ワイン関連のキュレーション担当しているぐるなび運営サイト『ippin』3月2日公開分で、レバノンワイン、シャートー・クーリー紹介した。その冒頭にこんなことを書いてみた。

 

~ワインを飲みながらワインいついて語るのは楽しいものだけれど、ワインだけの話に終始するのは楽しくないし、なによりも偏愛過ぎるワイントークはワインの邪魔になるし、ワインを飲む時間を不幸せにしてしまう…というのが僕の変わらぬ思い。時には馬鹿話でもいいし、時にはしんみりした話でもいい。そして時には、ワインのその裏側にある世界に思いを馳せると、思わぬ発見がある。その出会いがまたワインを楽しいものにしてくれる~

ニュージーランドワインを飲みながらラグビーを語り、シャンパーニュを飲みながらツール・ド・フランスを語り、イングランドワインを飲みながらビートルズを語り、ニューヨーク州ワインを飲みながらブルックリンの最近を語り合う。ワインそのものの話はスパイスに。ワインを通じてかの地を知り、ワインを通じて文化や歴史やそこで活動する人の今に思いを馳せるのも、ワインの楽しみだと思っている。

そこで、中近東ワイン。フランスやイタリアをオールドワールドと称するワインの世界。ならばこちらは、エインシェントワールド、いにしえのワインの世界。聖書の時代から続くワインの歴史だ。中でも以前このブログでも取り上げたレバノンワイン。産地はベカー高原。世界でも有数のローマ神殿跡である世界遺産バールベックなど古くから、歴史、政治、軍事の重要拠点として世界史、近現代史で知られたこのエリアは、一方で肥沃で幸せなワインの土地。レバノンの気候、風土、歴史、そして今。ニュースや歴史の勉強、さらにゴルゴ13のエピソードぐらいでしかなじみがないせいか、ステレオタイプなイメージだけで語ってしまうこともある。

ベカー高原、シャトー・クーリーのワインメイカーであるジャン・ポールさんと、来日中にお話しする機会を得た。彼が自分のスマホで見せてくれた1週間前の冬のベカー高原の画像に、僕は驚きの声をあげた。雪景色。それは12月に弘前で見た、2月に富山で見たあの白と銀と群青の空。積雪は1mにもなるという。幻想的な世界。中近東に対する多くの日本人のイメージと違い、高原の緑、夏のさわやかな風、そして冬の静寂な世界。

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父上はレバノン人、母上はフランス・アルザス出身。「動物のお医者さん」と「うちのワイン」という選択からワインメイカーへの道を選んだジャン・ポールさん。その理由のひとつは、生まれ育ったこのベカー高原の恵みだったのだろう。

西に地中海を望み、緑をもたらすたくさんの雨を、ちょうどよい具合にさえぎるレバノン山脈、東に砂漠地帯の熱気と乾燥を適度に和らげる東部(アンチレバノン)山脈に挟まれ、温暖な夏と冬の雪の恵みの差、ぶどうにとってすばらしき昼と夜の寒暖の差。美しい水と健やかな風。その恵みを得られるテロワールをジャン・ポールさんは「聖テレーズからの贈り物」と「小さき花のテレジア」として慕われるフランス・カトリック教会の聖人に例えて語る。フランスで醸造学を学び、故郷に戻ってみればそこにあったのは、自分のワイン作りで求めていた絶好の環境。

そのテレジアが抱えるバラをモチーフにした「サント・テレーズ」(上部写真左)。
清らか、でもしなやかで強靭な芯を持つ赤ワイン。慎ましやかな飲み口ながら静かに幸せな余韻が続く。口当たりのやさしさと飲みやすさの中で、じわじわと、奥底に秘められた、清らかな生命力を感じ始めたら、もう止まらない。馬鹿騒ぎの夜ではなく、大切な友人や家族との休日の夕方に。ベカー高原の水と空気と緑の豊かさと健やかさを存分に味わえる1本。軽やかな料理が並ぶテーブル。キッシュ、かわいらしい赤いフルーツの盛り合わせ、脂の強くないハム、シンプルなフムス(中近東のソウルフード的ヒヨコ豆のペースト)を、ちょっとトーストした薄切りのバゲットで。カラドック80%/ピノ・ノワール20%。

ジャン・ポールさんのこの地の恵みを生かした挑戦と情熱は国際品種の組み合わせで、重厚で、しかし、心地よいのみ口の「サンフォニー」にも現れる(上部写真右)。シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カベルネ・フラン25%ずつ。レバノンという国の多様性なのか、ジャン・ポールさん自身の多様性なのかはわからないのだけれど、こちらはフランスのいわゆる重口ワインの世界。どしっと低音が効いた第一印象だが過剰な装飾はない。雄大でスペクタクルな交響楽だけれど、激しい旋律ではなく緩やかなグルーブが高まっていく。辛かったけれどやりがいのある仕事を終えた夜。じっくりかみしめ、そして明日の元気に。信頼できる仕事仲間、やりきった仕事仲間、邪さのない異性がその仕事仲間にいればなおさらいい。さらにシンプルな味付けでそのもののうまみをじっくり味わえる厚切りの肉があればなおさらの至福。

アルザスに思いを馳せた白ワイン、ピノ・ブランやゲヴュルツトラミネール…。テクニカル・ディレクターとしての技量をまざまざとこれらアイテムで見せてくれるジャン・ポールさんだが、会話の中にテクニカル面での押し出しは強くない。もちろんテクニカル面で話が通じるジャーナリストの方であれば、きっとその話題で饒舌になるだろう。それだけの技量と興味深い挑戦心にあふれたワインメイカーだ。しかし、僕に対して彼が話題として選んでくれたのは、ベカー高原という魅力、レバノンという土地の恵み。

ワインを通じて、レバノンのテーブル、雪のベカー高原へと思いを馳せる。そういう幸せな時間がワインと、ワインを通じての出会いにはある。

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Vins d'Olive