オールブラックスとの30cmの差

「ジャパン、オールブラックスに完敗」

というニュース速報のヘッドラインに激しく怒りを覚えながら、現時点ではそういう認識をされても仕方がないのか、それもまた2019年に向けての第1章が終わって、第2章の始まりと考えれば、速報に乗るだけ良いのだろうと思う。

 

というのも、おそらくラグビーに関心を持たれて今回初めてご覧になられた方にとっては(マスコミさん含めて)、日本とオールブラックスの間にある過去の絶望的な差はわからないのだから仕方がない。

 

サッカーで例えるならば…という例えようがない存在。王国ブラジルでさえ、その例えにならない。サッカー日本代表はブラジルに勝つチャンスはいくらでもある。だが、オールブラックスに勝つ、なんて言葉は夢の中でさえ口にしてはいけない、それほどの絶望的な差。ギネスブックに「最も得点差の開いた試合」と記された屈辱の南アフリカの惨劇。圧倒的な世界一チーム。ニュージーランドとそれ以外のトップ9。その壁の前にさえ立てないジャパン。

だが、トップリーグの開幕以降、ジャパンは着実に成長。高校レベルのラグビーでも輝きを見せ、トップリーグにはニュージーランドを含め各ポジションの世界一ともいえるプレイヤーが数多く在籍する。南アフリカからは世界最高のセンタープレイヤー、ジャック・フューリー、世界最高のスクラムハーフ、フーリー・デュプレアが、ニュージーランドからもオールブラックスの花形選手たちが、豪州からは最多キャップ男ジョージ・スミスらが…その中で選手たちは成長し、今、世界の壁も、オールブラックスも、憧れの大将ではなく、倒すべき存在になった。その憧れから現実の敵、までたどり着けたのが、これまでの日本のラグビー史の第1章とすれば、2019年自国開催のワールドカップへ向けて、世界の中のジャパンラグビーを確立する第2章が始まる。今回のオールブラックス戦はその第1章の集大成であり、来週からの欧州遠征はその第2章のはじまりなのだ。

11月2日、土曜日、聖地秩父宮はフルハウス。
前半は、日本ラグビーの歴史のひとつの金字塔。
(以下前半終了時の僕のfbの勢いのままの投稿)
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日本ラグビーの歴史のひとつの金字塔。
スコアこそ6-28とリミットまで差はつけられた。
しかしスクラムは互角。ラインアウトはほぼ完ぺき。落ち着いた戦いぶりではやるオールブラックスのオフサイドを誘発。セットプレーに関しては、オールブラックスを慌てさせるに十分。アタックも素晴らしい。

だがもったいない。2つの相手パントからのハンドリングミスと1つのミスディシジョン。あまり特定の選手を名指しはしたくはないが、これまで貢献してきてくれたホラニの出来が今日は最悪。最初に勢いに乗りたい場面、そして喰らった先制点、さらに追加点もホラニのミスから。最高のトライチャンスでもフォローが遅れツイを孤立させてしまいここで勢いが終わった。

それでもなお落ち着いた戦いぶりは、ある。
フォワードではブロードハーストの献身、一列目の奮闘、伊藤、大野の両ロックの寡黙な激烈…涙が出る奮闘っぷりだ。
このスコアになると、勝利という確率は残酷なまでに下がるけれど、それでもなお、オールブラックスを慌てさせる場面はまだまだあるはずだ。
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しかし、後半、オールブラックスは残忍なままに強かった。セットプレーではウィークポイントを完璧にアジャスト。非常なまでのハイパントからのプレッシャーに、ジャパンは次々とほころびを見せ始める。スクラムでも非情。前半、世界最高レベルの技術と言われるフランス式を取り入れたジャパンにとまどい、リズムをつかめなかったオールブラックスだが、これもアジャスト。それどころか、展開、PGのチャンスでも、次戦でぶつかるフランス戦の練習台にスクラムを選択。疲弊し、押され続けるジャパン。そこには間違いなく点差には表れない、恐ろしさがあった。

桜は散った。美しく咲き誇った前半。だからこその寂しさ、落胆…だが、美しい桜は一度散っても来年にまた咲き誇る。散り際の美しさ、それはまた美しい姿を見せるためのもの。後半38分から、ジャパンは、次の満開を予感させる逆襲を魅せる。疲弊していたはずの選手たちが、次々とオールブラックスに攻めかかる。ブロードハースト、ブロードハースト、ブロードハースト!徹底的にジャパンの7番が196cm111kgを無骨に母国のゲインラインにその身を叩きつけ続ければ、ジャパンの闘志が燃え上がる。勝ち負けではない。オールブラックスに前半と同じ、いやそれ以上の焦りと不安が広がる。世界最高の7番、リッチー・マコウの後継者、超新星サム・ケーンがペナルティで退場。何が彼らを突き動かすのか…

フェーズを重ねつづけ、ついにジャパンは大きく左に展開。トライチャンス!ライン際を走る福岡にパスが渡り、目の前はなにもない。ついにオールブラックスからトライを奪える!その刹那、リッチー・マコウの賢明に伸ばした足が福岡の目いっぱい伸ばした腕を襲う!そのままサイドラインを割ってトライならず。その差、わずか、わずか30cm…。

タイムアップ。PG2本による6点。結果を見ればこのスコア。叱咤激励を込めての「完敗」という言葉ならば、やはりその「完敗」は確かに間違いはない表現だろう。しかし、今までは完敗ではなく、圧殺であり惨殺であり、屈辱という言葉さえ与えてもらえなかったゲームだった。2011年ワールドカップニュージーランド大会の7-83.これはそのスコア以上に現実を叩きこまれた試合だったが、今回は、点差ではなく、内容として、逆に「勝つために何が足りないのか?」を現実として考えられる試合だった。

32歳、世界最高のオープンサイドフランカーであり、世界最高のキャプテン、プレイヤーの一人であるリッチー・マコウの懸命を引きだしたのは、筑波大学21歳の福岡堅樹。第1章の巨大なボスキャラを相手にしたのは第2章の幕開けを明るい希望で照らすジャパンの若い力。30cmで押し出されてしまったオールブラックスへ、世界家の剣。今はこの30cmの差はとてつもなく厚くて高くて強靭だ。でも、あと30cmだ。この30cmをやり返すこと。第2章。できる。惜敗もいらない。この30cmが惜敗そのもの。次は、勝利。それが、現実的な目標。

2015年ワールドカップイングランド大会。ニュージーランド同様、おそらく日本に30cmの分厚くて高くて強靭な壁を見せつける世界2位の南アフリカ戦。ここで、満開となるために…。今日の関東学生ラグビー、明治対慶応、帝京対早稲田。1夜開けた秩父宮で行われたこの試合も、その30cmのためのひとつ。ワクワクしてきた!