AUSTRIAN WINE~静かで軽やかな情熱

先日、10日間、ニューヨークを巡った。ニューヨーク州産ワインの現状と、一方でマンハッタンやブルックリンではどのようにワインを楽しんでいるのか、という2つの側面のリサーチとリポートが主な目的だった。シティでは10軒ほどのワインショップを訪問して、なるほどニューヨーカーたちの好みが浮き上がってきた。

 

その中で日本との違いはたくさんあったのだが、印象的だったのが、オーストリアワインの扱いだ。どの店でも大きく扱っている。日本の大きめの販売店で言うところのチリやドイツと同じぐらいの割合でオーストリアワインが並んでいる、といえばイメージしやすいだろうか。価格帯も手ごろ。ボージョレやロワールと同等程度で揃っている。オーストリア単体で扱っているところもあれば、ドイツとオーストリアがまとまったコーナーになっているところも多かった。その際の表記はアルファベット順ということもあるのだろうけれど、オーストリア、ドイツの順。日本よりも、ニューヨークのワイン愛好者にとってはオーストリアワインはごくごく、身近なものなんだろう。

欧州などでも、やはりその名前は通っていて、高品質だが手頃、という評価はすでに確立している。なんといっても古代ローマ時代からのワイン造りの伝統がある国だ。ブルゴーニュとほぼ同じ緯度で、さらに日中の寒暖差は激しい。今、日本でもトレンドになりつつある、「冷涼」というキーワードにもはまる。

しかし、日本でオーストリアワインの知名度はどれほどだろうか。ここまで読んでいただいても、ん?オーストラリアワインなら知っているよ、という声がありそうなほど、ほとんど知られていないだろうと思われる。と、こんなことを言っていながら、僕自身も。オーストリアワインに、ちょっと真面目に向き合ったのは3年ほど前。白ではリースリング、赤では、ツヴァイゲルトという葡萄品種を手掛かりに、ドイツや隣国ハンガリーなどとの接点、逆に独自性などに興味は持ったが、その程度。その時、接点を持ったワインたちは、なかなか楽しく、オーストリアワインに対して、ほのかに好ましく思っていたところだった。

そんな折に、お招きいただいたのが、オーストリアの生産者『ローレンツ・ファイブ』のテイスティング会だったのだが…ここで、オーストリアワインの素晴らしさ、その一端を見せつけられた。

オーストリアには大規模ワイナリーがほとんど存在しないという。9,000軒ともいわれる小規模な家族経営ワイナリーが中心で、テロワールとともに家族の伝統というのもオーストリアワインを楽しむ上では手がかりの一つとなりそうだが、ローレンツ・ファイブはまさにそれを体現するワインメイカーだ。

ローレンツ・ファイブのラインアップの軸となるブドウ品種は、『グリューナー・フェルトリーナー』。日本のワインのテキストには、主要品種としては登場してこないが、ドライでグリーンな白ワインを生み出す、オーストリアが誇る主要品種だ。レンツ家はこの葡萄にこだわり、この葡萄の可能性に賭けてきた。この日テイスティングしたのは(テイスティングというにははばかられるかなりの量だったが)、10アイテム。大きく分けると、快活な『シンギング』、おおらかな『シルバー・ブレット』、その名の通りの『チャーミング』の3つに加えてのプレスティージュが2種という構成。

共通する特徴は、当主曰く「リースリングの華やかさ、ソーヴィニヨン・ブランの爽やかさ、そしてピノ・グリの豊かさの融合」。ワインのテキストをご存知の方であれば、確かに腹におちる表現だ。軽く、爽やかで、慎ましやかな芳香だが、熟成していくと大化けするんじゃないかという期待感もある。ミネラル感はこのワインをタイトに、緊張感あふれるものにするのではなく、心と身体に溶け込ませるために作用する。初夏のピーチと爽快なホワイトペッパーのニュアンスから、次第にあらわれてくるグレープフルーツの皮の苦味が無い果肉と青りんごのハーモニー。

ここまでは、いつものグリューナー・フェルトリーナなのだが、ここで驚かされたのはこの3つの世界観、シンギング、シルバー・ブレット、チャーミングで見事に表情を変えるのだ。基本のぶどうの個性はそのままに、ネーミング通りの変化をみせる。僕のテイスティングメモも弾けている。

シンギングの2012と2013は、同じ明るくて快活な少女なのだけれど、13は輝きの中の反抗期。親から見たら何にも考えていないような娘が、本当はすさまじくさまざまなことを考えている荒々しい内面。それが12は、その経験を経て成長し、その経験によって美しいオーラを纏う。纏うといっても、まだ17歳。

少女の快活さとヒリヒリするような危うさ、驚くほど高く広がる青空を見上げて、もうなかないぞ!と笑顔で誓って、好きな歌をくちずさむ17歳、が、シンギングならば、シルバー・ブレットは、20代のイケメン君だろうか。田舎の中では都会で育って、生徒会長かキャプテンかを経験して、そんな爽やかイケメン君の新社会人での爽やかな奮闘をイメージさせる2012年。その彼がもうすぐ30歳を迎えて、ノータイ、サマージャケットで過ごす初夏のアフター5.爽やか男子の成長物語のごとき、爽やかな熟成への変化。

特徴がはっきりいて、おとなしげだと思っていたグリューナー・フェルトリーナ―に魅せられてしまった夏の午後の妄想。続く。チャーミングは12、09、06,05…4種の垂直では、その妄想モードが恐ろしいほどに加速。人生の深みは知らないけれど今を一生懸命頑張る高校生から、夢みる大学生、そして爽やかなグレーのスーツが似合う若者から、家庭と伝統を軽やかな笑顔で守る40代へ…。ドライな世界観で、淡いピーチ、やわらかいとけこむミネラル、青リンゴとグレープフルーツのハーモニーにホワイトペッパーのアクセントはすべて変わらない。変わらないのに、そんな世界を見せられる。


ここで注がれたのはピュリニー・モンラッシェ。最後の10種類目のシグネチャーワイン、『フォー(4)』との比較のための贅沢な1杯だ。ブルゴーニュとの比較には、自らが信じる、グリューナー・フェルトリーナ―との比較、ブルゴーニュのグラン・クリュと、カンタプル・ガイスバーグというテロワールとの比較への挑戦と自信がある。ほかのアイテムはステンレスでこちらはフレンチオーク18か月熟成という挑戦。究極のグリューナ―を目指すというそのワインは、やはりグリューナー・フェルトリーナ―の持つ、静けさと爽やかさなのだが、その奥の奥に、激情が渦巻く。爽やかな風が吹く丘の向こうにある美しいが深い森。そこから熱風が漏れてくる。

「私と父がナパを訪れたときに、教えられた。ロバート・モンダヴィがフュメ・ブランで施したマジックと同じアイデアがここにあるんだ」と、当主は静かに微笑む。

グリューナー・フェルトリーナ―という葡萄の面白さを堪能させてもらったし、オーストリアのワインメーカーの卓越のテクニックと、遊び心も心地よい。オーストリアワインでは、僕が選ぶ昨年出会ったトップ10ワインの中で、別のワイナリーのリースリングをピックアップした。そのワインも、おかしな想像をさせてくれる楽しいワインだった。夏、そして初秋。静かな緑の風の中で、楽しい白日夢を見られるオーストリアワイン。キンキンに冷えた爽快なワインや、スタミナフードにばっちりな小気味いいパンチの赤ワインなどともまた違う、静かな時間を楽しむ際のお供にしたい。