多様性という名の幸せ

10月22日、ユビフランス(フランス大使館企業振興部)主催による、フランス南西(シュッド・ウェスト)地方のテイスティングランチとセミナーに参加。ランチで6種、セミナーで12種、アペリティフのフリーテイスティングで8種。場所はベージュ東京。

南西部ワインの特長は多様性。
それを改めて実感する機会だった。

南西部の中心都市はトゥールーズ。日本ではワイン好きよりもスポーツ好きに、その名は印象深いかもしれない。日本が初めて戦ったワールドカップ、98年6月14日、アルゼンチンに惜敗したゲームの舞台となった。ラグビー好きの僕はといえば、スタッド・トゥール―ザン。欧州ラグビー最高峰を決めるハイネケンカップ4度優勝の金字塔。国内選手権最多19度の優勝。フランス国内でもサッカー以上の人気を集めるチーム。その強さは、常に進化する姿勢と選手構成の多様性だったようにも思う。

南西部のワインといえば、世界的なブランドは『カオール』。ヴァン・ド・ノワール(黒いワイン)とも呼ばれる力強い赤ワイン。さらに、香気溢れるブランデー、アルマニャックといったハードリカーも著名。となれば、どうしても力強いお土地柄、というふうに感じたりもする。

しかし、カオールやアルマニャックをとっかかりにして、その扉を開いてみると…それらは南西部の特徴の一部でしかなく、むしろ異形であり、多様性のエッジの部分であることがわかる。

例えば口当たりがどこまでも繊細でやさしい、AOPフロントンのロゼ。ドライではっきりとした酸味が、ほのかな甘みを伴って癒してくれるAOPサンモンの白。漢方薬のようなハーブがボディに溶け込んで心地よく香り、最後までやさしさをまとうAOPガイヤックの赤…。そこに広がるのは、心にすーっと沁み込むような、官能的というよりはむしろ、素朴で健康的な笑顔と、静かな時間。

こうした共通の特徴は見えてくるのだが(カオールも実はじっくり飲むと同じような優しさが表れてくる)、これらを生み出しているのが「多様性」だ。

まず地勢でいうと、南西部は、フランスの中でも大西洋と地中海、両方の影響がある地域だ。地図を見れば左上からはボルドーのような大西洋の影響、右下を見れば、ラングドックのような地中海の風がある。さらに、西側はピレネー、東側は中央山岳。ピレネーからの冷涼な風、中央山岳からの風、それが2つの海と交錯していく、という実に多様な中にある。

土壌も、粘土石灰質、酸性攘土質、砂利質、砂土質、石灰砂岩と多様。南西部はこれに2つの海と2つの山というファクターが加わり、より多様性を増している。

そしてブドウ品種だ。南西部で栽培されるブドウは約300種で、そのうち120が土着(ローカル)品種だという。
南西部が生み出した海洋性セパージュ(国際品種と言い換えてもいいだろうか)は、カベルネ・フラン、メルロー、タナ、マルベックなどがある。一方で土着品種としては、
赤ワインのネグレット、デュラス、フェール・セルバドゥ、
白ワインのコロンバール、モーザック、マンサン、バロック、ロワン・ドゥ・ルイユなどが代表的。
あまり日本でお目にかかれない品種が多い。

これらの多様性をもった環境で、これも日本ではあまり知られていない21のAOPと14のIGPの中でワインが生み出される。カオールはこの中のたった1つのAOPに過ぎないのだから、カオールだけ見て南西部全体を語るわけにはいかない。

セミナーで講師を務めた石田博ソムリエが語ったことは象徴的だった。
「極端に言えば、ブルゴーニュなら、シャルドネとピノ・ノワールの2種をテイスティングしてもらえれば、ブルゴーニュについて語れることは多いのですが、南西部はそうはいかないんです。12種テイスティングしていただいても、まだ、南西部を語ったとはいえないかもしれません」

セミナーでの12種類は確かに多様で、そのキャラクターをつかむことでまず精一杯だった。それぞれのブドウの特徴をつかむのも大変。だが、その多様性に触れるごとに、楽しくなってくる。どのワインも、とにかく優しい口当たりで、飲む人を迎え入れてくれるのだ。少しずつ力強さと、赤ならタンニン、白なら酸味がじわじわとくるのだけれど、攻撃的ではない。どうだ!という圧力もない。多様性が生み出したものは、包容力なのだろうか、という錯覚。

美食とスポーツと学問の街として多くの外国人を受け入れ、人口比で10%近くが外国人というトゥールーズの多様性と抱擁力。南西部ワインはこれに象徴されるように、多様な状況、環境を受け入れ、その多様性を生かして作られている。テロワールという言葉をどこまで範囲を広げて定義づけるか、という議論はあるけれど、南西部ワインにおいては「多様性」こそ、テロワールなのかもしれない、とも思う。

なによりも優しいと感じるのは…これだけ語りどころのある美味いワインが、安い、ということだ。2000円~4000円の間で、これぞ、というワインが盛りだくさんに見つかる。まだ日本未入荷のワインも多いけれど、ビストロ(トゥールーズはビストロ料理が豊富だ)で見つけたら、南西部ワインもオーダーリストに加えていただきたい。

その南西部ワインを堪能できるチャンスは
11月20日(水)~12月3日(火)まで行われる、
『ジュルネ・デュ・ヴァン』~フランスワインを料理と楽しむOTOKUな2週間
で。
都内114軒の参加店舗で、グラス700円、または1000円~楽しめる。
詳細は、公式ページ
www.journeesduvin.com
で。