その当たり前は、当たり前ではない

セパージュの玉手箱(コフレ)~シュッド・ウェストワイン プレスランチ@ターヴル・コンヴィヴィアル。

 

フランス南西部(シュッド・ウェスト)エリアのワインの基本的な情報と僕の見解は、昨年のこちらのエントリーにて。

多様性という名の幸せ

いつでも僕のワインへのアプローチ、そして楽しみ方を伝えるヒントを教えてくれる場所。それがこの南西部地域のような気がしている。

今回も石田博ソムリエのスピーチの言葉を引用する。「日本のワイン好きの方に、デュラス(南西部のブドウ品種)のワインをおススメすると『マニアックだね』とおっしゃる。でも、南西部ではマニアックではなく、日常のワインなんですよね」

そう、確かに南西部のワイン、そのブドウ品種は多彩すぎてつかみどころがない。今回もフランス南西部ワイン委員会(以下IVSO)のプレゼンテーション資料に記された12の主要品種の、どれも日本においては「マニアック」と称されるものだろう。カベルネ・フラン、マルベックは、それでもまだ知られている方だろうけれど、コロンバール、デュラス、フェール・サルヴァドール、グロ・マンサン、ロワン・ド・ルイユ、モーザック、プリュヌラール、ネグレット、プティ・マンサン、タナあたりの品種を、よほどのワイン愛好家でもない方が、常識的に知っているなんてことはありえない。そもそも、他に明確な比較対象があって、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンが好きだ、という飲み方をされている方ばかりでもないだろう。そんな日本のマーケットにおいて、いわゆる日本のワイン好きがマニアックだと思うような地域のワインが広がるものだろうか?IVSOのゼネラル・マネジャーであるポール・ファーブルさんに意地悪な質問をしてみた。

「日本のワインファンは南西部のワインについてはマニアックであり、多様過ぎて避けて通りがちです。シンプルな中での好奇心。つまりはブルゴーニュであればまずピノ・ノワールという一応の唯一無二のぶどうがあって、その先に複雑だけれど魅力的な村名や造り手がある。ボルドーならせいぜい3種のブレンドと右岸左岸、そこにシャトー名がのっかる。実はわかりにくいものを単純化できる能力は高いけれど、南西部はそもそも多様過ぎてわからない。日本で成功できますか?」
「多様性はマーケットが造ったものではなく、我々の事実です。それらは私たちの毎日の中にあります。そして魅力であり誇りです。それを曲げてまで展開する意味はありません。真摯に、日本の皆さんに、この多様性の魅力を、いろいろなかたちで知っていただきたいんです」

それでいい、と僕も思う。冒頭の石田ソムリエの言葉。
日本のワイン愛好家にとっては南西部ワインはマニアックだけれど、南西部の中心地、トゥールーズのビストロでは、デュラスもグロ・マンサンも「俺たちのワイン」だ。グルジアの飲んだくれのお父さんが飲んでいるワインも日本ではマニアックでも彼らにとってはワンカップの日本酒同様の喜びの酒だ。

甲州?知らねえよ。サンジョヴェーゼ?いいから、このワイン飲めよ。うまいから。セパージュ?なんかひつようか?そういうの?おーい、ぶどうなにこれ?あー。デュラスだってよ。

こういう楽しみもワインの大いなる楽しみだし、その土地を味わう幸福だと思う。南西部ワインを難解なパズルのように解く必要はない。エキスパート試験の教材にはなるかもしれないけれど、堅くならなくていい。石田ソムリエが今回のプレスランチの場として自らプロデュースするビストロを選んだ理由。
「みなさんがよく食べるビストロ料理の定番、そのほとんどが南西部の料理。現地のように、どの皿に合わせるというよりも気軽に食べて飲んでいただきたい。だから南西部ワインなんです」

フランス国内においてもリーズナブルなワイン。ブドウ品種で選ぶのではなく、気分で、食事で選ぶ。それが結果、モーザックとなんかとなんかのブレンドだった。次これでもいいよな。そういうワインの楽しさがあっていい。南西部ワインはマニアックではない。マニアックにしているのはワインに対する知識だ。品種を知るのはあくまでもヒントでいい。好きなワインを見つける一つのアプローチであればいい。プロに任せよう。いや、できればプロの方もマニアックの一言で片づけないで欲しい。そこに、お客さんの求める物があるのかもしれない。

豊かな文化へのリスペクトは幸せだ。そこにあるブドウやワインを、マニアックと片付けるのは、どうにも、つまらない。今日であったワイン、幸せにしてくれたワイン。それはもうあなたの中ではマニアックワインではなく、あなたにとってのスタンダードワインなのだ。

 

 

出展した6つの生産者・輸入元のひとつ『ジョルジュ・ヴィグルー』のエクスポートマネジャー・ジャンマリー・シュアヴェさん。マルベックの名手であるこちらは、同じく近年マルベックに情熱を燃やす名コンサルタント、ポール・ホッブスとのジョイントをスタート。シャトー・ド・オート セール イコン W.OW. 2009.エレガントでスタイリッシュなカオール、という東京向きの1本をひっさげてきた。

プレモン・プロデュクターのアナイス・プレアンさんは、南西部の民族衣装のベレー風帽で登場。渋谷のビストロ、南西部ワイン…このファッションはかっこいいかも。AOCサンモンのグロ・マンサン、プティ・マンサンブレンドの白は、アロマと舌触りにわたあめのような感覚のあと、レモン&グレープフルーツの酸。一部を新樽でおりとともに熟成することからのほのかなバター感とあわさると、懐かしのキャンディ、チェルシー・バタースカッチの感覚が。


美しき哲学の、美しき伝導

日本におけるダイレクト・セールス分野で、名門テタンジェとピーロート・ジャパンがパートナーシップを締結。そのスタートにあたって、当主ファミリーから輸出部長であるクロヴィス・テタンジェ氏が来日。ピーロート・ジャパンが展開する4アイテムと和食の饗宴の中、改めて、次代の名門を率いるクロヴィス氏の考え方と、テタンジェがもたらす幸せが日本で広がることへの期待を感じた。

クロヴィス氏…と氏をつけて書くよりも、若き世代の代表であり、数度その哲学をシェアさせてもらったということもあって、ここからは尊敬をこめて氏をはずしてクロヴィスと表記させていただく。

クロヴィスの初めての公式来日は2011年9月。テタンジェ料理コンクールにあわせて来日するというスケジュールはこれで4年連続となる。初来日の際、第一印象は「物静かな文学青年」だった。それが、シャンパーニュがもたらす幸せな世界、テタンジェの哲学とは?という、文化的な話になると饒舌に、その話は熱を帯びていった。細かい栽培や醸造、テロワールの話などは淡々とこなしていた。「そういう話は僕がする話ではないと思う。もっとテタンジェのシャンパーニュ、そしてシャンパーニュの美しい世界を感じてほしい」。初来日から、それは彼の変わらないスタンスだったように思う。

初来日時のクロヴィスの様子、プロフィールはこちら
(シュワリスタ・ラウンジ ブログ)

この日もやはり饒舌になるのは同じ話題だった。しかし、初来日以来、機会をいただいて毎回インタビューをさせてもらったが、その内容は、願望から少しずつ確信に変わってきたように感じる。昨年のインタビューで特に力強く語っていたのは、「これから」についてだった。
「テタンジェの伝統、シャンパーニュの伝統を守るためには、過去のやり方をすべて作り替えなければならない。実は伝統を守っていくことは、やり方を守ることではなく、生き残っていくためにはレヴォリューションと、イノベーションが必要」
「だから僕たち世代は、そのための努力をしていかなければいけない。FIFAとのタイアップや大胆なノクチューンのデザイン変更にしても、そのひとつ」
大意をいえば、伝統を守るための積極的なチャレンジは、彼と、彼の妹であり世界中をアイコンとして飛び回るヴィタリーの世代に課せられた使命である、と彼は決意を固めていた。

クロヴィス動画インタビュー
(シュアリスタ・ラウンジ 特集 聞き手:岩瀬)


シャンパーニュそのもの、その作品としても伝統と革新のせめぎ合いの中で変わっていく部分もあるだろう。今後はクロヴィスとヴィタリーも父に代わって作品そのものへのコミットが主な仕事になるかもしれない。その中でクロヴィスやヴィタリーが今、担うべきは、マーケットの拡大や最適化、テタンジェがあるシーンで広がる、幸せな世界の伝導ということになる。

今回、日本の新しいチャネルであるピーロート・ジャパンを通じてのダイレクトセールスに投入したアイテムにも、もちろんその哲学は見える。展開されるのは以下の4アイテム。

レアアイテムとしてマニアには人気のあった『レ・フォリ・ドゥ・ラ・マルケットリー』。テタンジェが所有する、優雅で、しかし壮大というよりはむしろ快活な空気感のあるマルケットリー城の名を冠するこのシャンパーニュは、その城の雰囲気そのままに、クラシカル、中世の古典的な舞踏会にタイムスリップして、デヴィッド・ゲッタやファレルが御姫様たちにステップを踏ませるような、心地の良い倒錯感。単一畑、30%使用されるオークの古樽に、55%のピノ・ノワール。すべてが重厚で重苦しいムードにさせるようなスペックが、しかし、素晴らしき軽快なステップとハーモニー、可愛らしさをまとってやってくる。テタンジェ家のルーツがオーストリアという話を聞いてしまうと、そこに浮かぶのは、もしかしたら?のマリー・アントワネット。名門がクラシックな世界から生み出した心地よくてかわいらしいカウンターパンチ。コルセットで締め付けているからこその可愛らしさとセクシーさがある。

マルケットリー城の様子
(シュワリスタ・ラウンジ取材)

2つめは、『ブリュット・ミレジメ 2006』。一転、白馬の王子様的凛とした切れ味。駆ける白馬が優しく艶やかな風を起こしながら、しかし振り下ろされる剣は必殺。その風穴には再び爽やかな風。多少のヴァイオレンスさは実は一本芯が通った骨格だからこそ、そこから生まれる濃厚な核のため。これもテタンジェらしいピノ・ノワールの解釈か。

そして『コント・ドゥ・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン 2005』と『コント・ドゥ・シャンパーニュ ロゼ 2005』。
すでに、シャンパーニュ好きの女性の間では美しいシャルドネのプレスティージュと言えば、こちら、という人気を誇る、テタンジェを代表するトップブランドであるブラン・ド・ブランは当然このラインアップに入ってくることは予測していたが、ロゼはまさかの登場。8年間の熟成期間中、その5%は4か月間、3年ごとに新調される新樽で熟成されるというこのわずかなこだわりが、美しいはずの表情に美しいカオスを引き起こす。冷やし過ぎているわけではないのに最初のアロマは静かでなにも感じさせてくれない。それが一口、テイスティングのお作法を破って、思い切って喉をごくりと鳴らして体内に滑り込ませた瞬間、圧倒的なランドスケープが脳内いっぱい、3Dを超えてその世界に放り込まれる感覚。広がるのは地平線の先の先まで広がる、野生と良く手入れが行き届いた花壇が混在する、あたり一面の花畑。黄、赤、白、緑、オレンジ、ブルー。カタカナも漢字も入り混じるカオスな花畑が、どこまでも高い青空の下に広がる。後ろは怖くて振り返れない。もしかしたら断崖絶壁か、現実の世界か。前だけを見たくなるアッパーな感覚。美しく澄みきったカオス。澄みきった奥の奥から感じるリアルな土と葉と茎の生命の躍動。貴族であるテタンジェ家のメンバー、それぞれが世界中を旅してきて心の中に捉えたエキゾチックなるアルバムを、飲むそれぞれの人が見せられるような、そんな効果があるのでは、とさえ感じてしまう。

もちろん、このシャンパーニュを生むテロワールやテクニックの話も掘り下げて聞きたいと思う。だが、これを堀下げて聞く相手も場所も時間も、ここではない。逆に言えばその話題の元になること。なぜ、このようなシャンパーニュを作ろうとしたのか?そして、テクニックではなく錬金術的な神秘性を纏いながらの話になってしまうが、なぜテタンジェという名門で生まれるシャンパーニュはこのようなシャンパーニュになるのか?それを感じたい。
クロヴィスが発する言葉、そのすべてが、テタンジェファミリーであるからこその言葉。

「マリアージュ?テクニカルシートに紹介しているよ。それよりも君が聞きたいことはこういうことだろう?最高のマリアージュは何と併せて飲むかじゃなくて、誰と飲むか、ってこと」
2011年、まだ初々しく大人しかったクロヴィスが、ウィンクしながら言った言葉。あらためてテタンジェファミリーが送り出すシャンパーニュとはなんなのか?をまた思い出す夜だった。

「キリスト教の伝導は、長い日本の歴史の中でも困難でした。でもシャンパーニュはみなさんを幸せにしながらこうして日本に広がっています」。
テタンジェならではの、伝導。メゾンそれぞれの哲学、そして日本とのかかわり。やはり、面白い。