「弱者」の奮闘

1763年、日本では江戸だった時代からブドウ畑を所有し、シャンパーニュメゾンとしても、1918年から脈々と続く名門。そして現在も世界中で流通し愛されている中堅メゾン。つまりはそれだけを見れば、決して「弱者」という立場ではないのだけれど、実は、シャンパーニュの世界においては、家族経営、自社で収穫から醸造まですべてを担う、というこれくらいの規模のシャンパーニュメゾンほど生き残ることが難しいのではないかと思う。
「キャティア」。

そのシャンパーニュメゾンがこの話の主人公。

ここから、シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』にて私が当主、ジャン・ジャック氏、広報担当フィリップ氏に行ったインタビューを引用しながら、キャティアの「弱者の奮闘」を紹介したい。

 

昨年、キャティアは、あるアイテムで話題となった。それはエヴァンゲリオンボトル。賛否両論あったと、その時の空気を思い出す。ジャン・ジャック氏は軽やかにこう、答えた。

 

「実は最初この話が日本から持ち込まれた時は私も驚きました。シャンパーニュとアニメが一緒になるということが想像できませんでした。マンガとシャンパーニュの組み合わせなんてありえるのか?なぜなら、マンガやアニメはティーンエイジャーのためのものですよね?ところが調べてみるとそうではなくて、エヴァンゲリオンは子供が楽しんでいるものではなく、もう少し大人世代を対象としている。世界的にも、エヴァンゲリオン自体がスーパースター、セレブリティなんですね。事実、香港に滞在中、このボトルがきっかけでアニメ雑誌ではなくワイン雑誌の表紙を飾ることもできました。評判が広がってアメリカのお客様からも声がかかった。それならシャンパーニュのすそ野が広がるのではないかと考えたんです。まさに、キャティアのイノヴェーション・スピリットを刺激するものでした。わたし自身もお気に入りで、デスクにも飾っています(笑)」

ジャン・ジャック氏は軽やかにこう、答えた。柔軟な思考は、決してマーケティングだけを意識したものではなく、そこにあるのは、日本的に言うならば「ものづくり」の精神。


「トラディショナルなものをきちんと構築するのは当然。アグレッシヴに見えるかも知れませんが、私たちはそれぞれのキュヴェにこだわっている、その結果なんです。ノンドサージュならノンドサージュ(ブリュット・アプソリュ)、ブラン・ド・ノワールならブラン・ド・ノワール、それらにあわせた展開を考えると自然と多彩に見えるのでしょう。これからも新しいタイプのシャンパーニュを送り出すごとに、新しい展開をしていきます。キャティアは、オールウェイズ・パイオニア。そうあり続けたいと考えています」


こうしたコラボレーションや、この規模ながらサッカーのユーロ大会の公式スポンサーに名乗りをあげたり(ジャンジャック氏が熱狂的なフットボールファンであり、欧州協会のプラティニ氏と懇意ということもあるか。私との30分のインタビューのうち20分はフットボールの話になった、というこぼれ話はまた今度)、各国のエアラインの搭載シャンパーニュに積極的に手を上げたりするのも、ものづくりからの自然な広がりともいえるが、そこには、モノ作りを続けていくための経営上の戦略もある。広報、営業関係を担当するフィリップ氏はこう明言する。

「新しいものをどんどんマーケットに投入していくことはキャティアにとって、とても大切なことです。ユニークであり、特殊であるものを市場に投入する。大手のメゾンとの真っ向勝負は難しいけれど、柔軟に挑戦、クリエイトしていけるのが我々の強みですね。もちろん、ただインパクトのあるものを市場に投入するだけではなく、シャンパーニュ自体もしっかりしたものを造り続けなければいけません」

アルマン・ド・ブリニャックという、これまた賛否両論あるセレブリティアイテムを投入するのも、幅広いラインアップをそろえるのも、生き残りとものづくりの両面からの必須。大手の様な王道マーケティングも、もっと小規模な生産者のオートクチュール的な立場も取れない。もしかしたらオートクチュールシャンパーニュメゾンのほうがよっぽど勝者ともいえるかもしれない。世界最高の「弱者の奮闘」。このうまいシャンパーニュが世界に存在し続けるために…。

11月29日。先代のジャンジャック氏に代わって、かじ取りを任されたアレクサンドラ氏と、歓談の機会を得た。フィリップ氏とも1年ぶりの楽しい再会の時間。アレクサンドラさんの軽やかな話の中にも、その行間の中には、ものづくりの意地と会社の生き残り、その素晴らしき両立があった。毎年嬉しいニュース、新アイテムの登場をアナウンスしてくれる秋の東京。今年は、清潔感と可愛らしさとゴージャスさが同居したホワイトボトル。これはファミリービジネスがスタートしてからの250年を祝うアイテム。ギフトにぴったりのこのボトルは、キャティアからの、まだまだ僕らは変わらずにがんばっていきます、というステートメントが込められたギフトのようにも感じた。

その中でも変わらず僕が愛するブリュットナチュールがあり、定番キュヴェがあり、ここ10年で生まれてきたアイテムたちが、少しずつ古き友人のような存在になっていく。来年にはマイセンとのコラボボトルも登場する。生み出したいものがたくさんあって、それが自然に自分たちのメゾンを守るための武器になる。刺激的なアタックでも、ズシンとくる感動でもない、いつも、いつでも軽快な幸せ感に、ふわっと持ち上げてくれるキャティアのシャンパーニュ。刺激的とも攻撃的とも思えるマーケティングも、実は、数字やパワーポイントや獰猛なネゴシエーションの世界ではなく、ただただ自然なこと。

キャティアの遺伝子。また、来年の秋、きっと素敵で幸せなニュースを届けてくれるだろう。