Invitation to the Languedoc Roussillon

ニューヨークのワイン業界において最も影響力を持つ男の一人、ポール・グレコにされた質問。
「君はどのエリアのワインが好きなんだい?3つあげてくれ」
無茶な質問だ。このブログにも散々書いたが、ワインの好みなど状況、環境、経験でどんどん変わっていく。体力、誰と飲むかだってそうだ。ニュージーランドラムチョップのディナーならどんな素晴らしいいマリアージュが他にあっても、すでに胃袋と肝臓はニュージーランドのワインを求めてるし、昨年はアルゼンチン、メンドーサのマルベックという素晴らしい出会いもあったが、それもちょうど僕自身のワインの経験値と出会うタイミングがバシッとあったからこそだと思う。1年の中でその8割が豪州ワインだったというときもあるし、イタリアワインにハマり狂っていた時もあった。財布との相談もある。だから3つなんて無理だ。そこでポール。
「いや、それでも、ふとしたときに選んじゃってるワインってあるだろ?」
そうか。そうなると…僕にとっては2枠+1の空枠ということになる。埋まっている2枠は、シャンパーニュであり、南仏だ。だが問題はこの南仏。ローヌ、プロヴァンス、そしてラングドック・ルーション。北ローヌのシラーがおそらく僕の本拠地だと思う。クローズ・エルミタージュは、おそらく僕のワインのバックボーンだと思う。精神性と喜び。そのどちらもがここにある。いつかは巡礼しなければいけない場所の一つだ。エルミタージュではなくクローズ・エルミタージュ。それが僕らしい。これがバックボーンだとすれば、今の僕の「現住所」として最も心地よいのがラングドックなんだと思う。僕が運営するサロン、白金高輪14で最も登場頻度の高いのがラングドックだ。なぜかと言えば、とてもシンプルな答えは「フランスなのに安くて酔えて愛される」ということだ。

逆説的にいえば、フランスのワインの一般のイメージは、うまいが高い。うまいらしいが難しい。安いフランスワインがスーパーで売っていたが口に合わない。この価格帯ならチリやイタリアや豪州のほうが親しみやすいし家の料理にも合う。南仏、特にラングドック=ルーションは、いわば、このイメージに対する強烈で陽気なメッセンジャーだ。

そもそもラングドック=ルーションは、フランスの中では最大規模の栽培面積、生産量を誇る一大ワインエリアであり、恵まれた陽光、テロワールから長くワインづくりをしてきたエリアだ。だからこその落とし穴。恵まれた環境というのは、安定的に葡萄が大量に育つことを指すわけではない。シャンパーニュやブルゴーニュは、一般的な農産物を生むうえで恵まれた環境だろうか。答えはノーだ。ワインの二面性がここにある。ラングドック=ルーションは恵まれた環境だ。だからこそリリースされるワインは、安かろうこんなもんだろう、のワインに自然になる。ブランド価値とすればほかの地域の方が高くなってしまう。最大エリアだからこそ、、良質なワインというブランドの世界からははじかれてしまう。ただ酔っぱらうだけのワインというレッテルを貼る人も少なくなかっただろう。

ところが、だ。この「フランスの中のニューワールド」ともいうような新しい潮流がここ10年、この地には芽生えている。安めの酔っ払いワインの代名詞的に落とされてきたコルビエールやミネルヴォアといった格付け村名地域の復権。高品質というよりは、今、こういうワインって心地よくないか?という「ちょうどいい、心地いい、財布にもいい、料理にもいい」ワインが生まれてきた。協同組合的な生産が多いこともあるだろうし、まだまだ買える畑もあるから、やってやる!という一念発起でチャレンジがしやすい状況でもあるのだろう。

最近では、ボルドーの名門のベンチャー的な進出、意欲的にラングドックの伝統を掘り起こしながらインターナショナルマーケットで存在感を放つ会社もある。安定的に恵まれた葡萄が供給されるからこそ停滞、油断していたこの地だが、彼らは、安定的に恵まれた葡萄を生かして、そこに自分たちのスキルであり情熱でありビジネスの嗅覚を研ぎ澄ませる。前者でいえば、昨年生産者ワイン会を開催させてもらった、元ラフィット・ロートシルトのディレクター、エリック・ファーブルさんが故郷とブランドを捨てて、フロンティアをもとめて家族で立ち上げた、シャトー・ダングレス。また、バロンフィリップロートシルト社は、アメリカでのオーパスワンプロジェクト、チリでのプロジェクトに続く第3のボルドー外ジョイントの場所として、ラングドックでまだ格付けではなかったリムーという地を選んだ。

ドメーヌ・ドゥ・バロナーク

後者の代表格で言えばジェラール・ベルトランの名前が上がるだろう。

ラングドック=ルーションは、長い長い惰眠の歴史から、2000年代に入って目覚めた。巨大なフランスの中の「ニューワールドワイン」的ブランドをまとって。

5月21日、ホテルオークラ東京にて行われた、フランスワイン合同試飲商談会「卓越のフランスワイン 造り手たち」とともに開催された南仏ワイン テイスティング・ランチで、その想いをまた、強くした。

現地から10のワインメーカーが来日。ラングドック=ルーションのこれまでのイメージを良い方向に増幅してくれるワインメーカーから、まったくその常識を覆してきたワインメーカーまでその個性は多才。地中海、スペインに近い、暑い。だがピレネーの冷涼な風があたる地域もある。代々紡いできた伝統の家もあれが若い俊英もいる。小規模も大規模ネゴシアンもいる。良い意味での大らかさ、多様性。いずれもまだ日本市場には進出していないワインメーカー。参加理由は口を揃えて「洗練されたワイン市場である日本なら我々のワインを受け入れてくれるはずだ」。日本市場について我々のワインはきっと幸せを広げることができるという、笑顔の自信。試飲をしてみて感じるのは、その目論見は、おそらく正解だ、ということ。

明るいけど濃厚、濃厚だけど明るい、フレッシュだけど飲み応え、飲み応えはあるけどフレッシュ。今のラングドック=ルーションに昔の様な凶悪な乱暴さは感じない。凶悪な乱暴さは、のびやかさや健やかさに変わってきた。なんといっても、財布に優しい、今飲みフランスワインという喜び。この日であったワインメイカーのひとつずつには言及しないが、総じて、日本で幸せなテーブルを作ってくれる、気取らなさがあった。脊髄反射的に、肉が食べたい、サラダが食べたい、フルーツが食べたい!と幸せな欲望の連鎖が生まれる。そこで語られるのは薀蓄ではなく、笑い話。

ワインの世界を探り始めて、フランスというチャプターにいるのなら、ラングドック=ルーションを素通りしないでいただきたい。フランスは広くて深い。それぞれの生産エリアの個性がここまであるのか。お高くてお堅い語り口は不要なフランスワイン。むしろそんなものはここにはいらない。ラングドック=ルーションは、きっと楽しくそれを教えてくれる。